2010年6月29日火曜日

秘すれば花・・・・

能で有名な世阿弥の一生を描いた瀬戸内寂聴さんの小説「秘花」を読みました。


私には何となく縁遠い能の本をどうして選んだかというと、室町幕府の8代将軍義政の奥さん・日野富子の小説を読んでいて、その中に世阿弥のことが書いてあったので、いったい世阿弥という人はどんな人なのだろうと気になっていたのです。

私は世阿弥というと、なんとなく笠智衆さんのような骨ばったおじいさんのイメージの人を思い浮かべていたんですけれど、いえいえ、世阿弥という人は体は華奢で小柄だったらしいけれど、今でいうジャニーズ・ジュニアなみのすごい美少年だっだんですって。

そのイケ面ぶりが12歳のとき、時の権力者である三代将軍義満のお目にとまり、彼から男と男の愛情を学んだらしいわ。とはいえ、将軍もその時はまだ17歳だったらしいから、少年愛とでもいうのかしら。

それでは男女の愛は誰から教えられたかというと、義満のお気に入りだった年上のお局様からいろいろと手ほどきを受けたらしいのよ。

それだけでもまぁ大変なことなのに、今度は御年58歳という摂政のおじさまにも寵愛され、世阿弥はこのパトロンからは学問的なことも学んだらしいの。若い時はいろいろ経験して、それを吸収していたみたいね。

そういう高貴な人に気に入られたおかげで、それまでは「猿楽」と言われて庶民のものだった芸を、「能」という高尚なものにしたのだから、世阿弥のお父さんである観阿弥は大喜びをしたわけね。そして世阿弥はこの世の栄光を一身に集めていったの。

ところが将軍なんて言うのは気まぐれなものだから、自分の愛人だった「椿」という女性を、世阿弥にぽいと下さってしまうのよ。それはないわよね。世阿弥も椿も、義満からはともに愛されていたのに、将軍が飽きてしまうと、二人でなんとかしろ、という感じじゃないの。

こんなことばかり書いていると、その小説は愛憎ばかりの小説だと思うかもしれないけれど、いえいえ、それだけで終わるような通俗小説ではないのです。

これからが世阿弥の芸に対する執着とそして人生の悲しみが始まるの。

世阿弥と椿の間にはなかなか子供が生まれなくて、それでは能の後継ぎがいなくて困るというので、世阿弥は自分の弟の子供を養子にしたのね。そうしたら、養子をもらったとたん、二人の間にも実子が次々に生まれてしまったのよ。こういうことってよくあることみたいね。
でも世阿弥は弟に養子を自分の跡取りにするという約束をしていたのに、やはり自分の子供のほうがかわいくて、それで養子との間がうまくいかなくなってしまうの。おまけに将軍や偉い人たちからもなんとなく邪険にされて、他の流派の能ばかりが優遇されてしまうのよ。その時の男のやきもちというのかしら、焦る気持ちもよく描かれていたわ。

そういう人間関係だけでも人生の苦しみだと思うのに、なんと世阿弥は自分の長男が若くして殺されてしまい、もう一人は出家してしまうのね。

逆縁の苦しみというのは味わった人でないと分からないと思うのだけれど、子どもを失うという場面は、読んでいて泣けるところでしたよ。

そこまでは世阿弥の親の立場としての中年時代までのことなのだけれど、その先がすごいのです。

なんと、世阿弥は72歳になったとき、6代将軍に何の理由もなく、奥さんとひきさかれるようにして急に佐渡島に島流しにあってしまうの。

そこから彼が80歳で亡くなるまでが、この小説の一番すごいところだと思うの。
人生の終わりに近づいて、どうして自分が佐渡へ流されなくてはいけなかったのか、自分の人生を振り返りながら、佐渡での生活を過ごすのね。そして承久の変でやはり佐渡に島流しにあった順徳上皇のことを思い浮かべながら、彼はこの島で生きていこうと決心するわけ。

これは小説なので、瀬戸内さんは「さえ」さんという世阿弥をお世話する女性を登場させているのだけれど、彼女自身も自分の最愛の子供を12歳で亡くしてしまったという悲しみにあふれた女性で、私はもしこの小説をドラマ化するなら、絶対にさえさん役は木村多江さんがぴったりだと思ったわ。

さえは当時30歳代で、世阿弥は70歳過ぎなんだけれど、そこには男女の愛が成立していたというのよ。うーむ、世阿弥は能で体を鍛えていたから、しっかりとした体で、しみもしわもなかったそうだけれど、そうか、その年齢になってもまだそういうことができるのね。

でも実は世阿弥が最後に愛したのはさえさんではなく、本当は彼女の亡くなった息子だったというのには、あっと驚いたわ。その種の男の人って、それほどまでして少年に惹かれるものなのかしらね。

どうもそういうシーンばかりを抜き出しているみたいだけれども、でも小説の中で作者が言いたかったのは、世阿弥は老いを見つめながらも、愛を求めていたということかもしれないわ。

世阿弥は能を演じる人としてもすごかったのだけれど、それ以上に能本(脚本のようなものかしら)を書いたり、芸の奥義を説く本をたくさん書いているのがすごいですね。著書は何十冊とあるようです。

本のタイトルの「秘花」は、世阿弥の有名な言葉である「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」からとってあるのだけれど、人によってその「花」の解釈がいろいろあるみたいなのよね。
つまり「花」のことを芸と見る人もいるようだし、「恋」と見る人もいるみたいね。

瀬戸内さんはこの小説の中で、世阿弥に「花とは色気のことだ」と言わせているの。
うーむ、やはり人間には色気が必要なのね。
でも色気は秘めていなくてはいけないのよ、見せびらかしていてはその価値がなくなってしまうというのね。

小説では世阿弥はだんだん耳が聞こえなくなり、そして目も見えなくなってしまうの。
それでもさえさんは世阿弥の手足となり、能の新作を書きとめていくのね。なかなかできることではありませんよね。やはりさえさんも世阿弥を慕って尊敬していたのでしょう。

そして世阿弥が亡くなった後、島に訪れてきた出家した二男に、さえさんは世阿弥と歩んできた生活を語るというところでこの小説は終わります。

読み初めはすらすらと進まなかったのだけれど、読み進むうちに内容も面白く、また瀬戸内さんの文体が素晴らしいので、2回も読み直してしまいました。

世阿弥の一生も壮絶なものだと思うけれど、この本は瀬戸内さんは85歳になってから書き始め、3年間かけて完成したそうです。そしてその間には佐渡島にも何回も取材に行ったそうで、そのエネルギーには圧倒されます。この本を書かずには死ねないという思いがあったのでしょうね。私はこの「秘花」は瀬戸内さんのこれまでの最高傑作だと思うわ。

この本は老いを感じるようになった男女、それもどちらかといえば男性にぜひ読んでもらいたいと思うの。私自身は男じゃないから分からない部分もあるのだけれど、人生の半ばを過ぎたこの時点で、この素晴らしい本と巡り合えたのは幸せでした。それほど厚い本ではないので、一読をお勧めしますよ。

4 件のコメント:

ハッセルぶらっと さんのコメント...

こんにちは^^
クチナシの実の利用は 知りませんでした。
さぞ 綺麗な黄色に染まるのでしょうね。

世阿弥 フムフム・・。
ジャニーズ・ジュニア フムフム・・。
ジイの若い頃と同んなじやなぁ。ってのは、大きな勘違い。^^

当時は15歳で大人だったかな。
17歳で将軍ねぇ。 歴史の時間は寝ていたから さっぱりですわぁ。^^

おおしまとしこ さんのコメント...

ハッセルぶらっとさん、こんにちは。
そうですね、日本史の時間は心地よいお休み時間だった人もいるでしょうね。おまけに南北朝とかあの頃のことはよく分かりませんよね。それだからこそ歴史小説って面白くて、学生時代にこういう小説を読んでいたらもっと興味が持てただろうにと、思っていますよ。

さと さんのコメント...

今日たまたま本屋さんに行ったので探したけれどわからなかった・・・
この本興味あります~
昔瀬戸内晴美さんのころの本をよく読んでましたけどこの頃全然なの。
アマゾンで注文しようかな。
としちゃんが最高と言うのなら是非読みたいわ。

おおしまとしこ さんのコメント...

まぁ、さとさん、本屋さんで探してみたのね。この本はハードカバーと文庫本の両方出ていますけれど、文庫本なら450円くらいで買えると思いますよ。
瀬戸内さんの昔のイメージとはだいぶ変わっていると思いますよ。今、「比叡」というのを読んでいるけれど、これは得度式のお話。私は彼女の本はそういう私小説のようなものよりも、実在の人物を描いたもののほうがうまいと感じますね。