2017年5月29日月曜日

ちょっとだけ挑戦する

年をとってくると、ややもすると「現状維持でもまぁいいか」ということになりがちです。
自分がこれまでやってきて、なんとかこなせることをしていれば、それで十分かもしれません。
それでも、やはり少しレベルを上げてみて、ちょっとだけ挑戦することもたまには必要ではないか、と思うことがあります。

たとえば私は近所のスポーツクラブに通っているのですが、いつもはおばちゃんたちがいるクラスでらくらくとしていますが、昨日は、日曜の朝のクラスに行ってみました。すると若い女性が多くて、先生も激しい動きをします。
そういうクラスにたまに参加して、身体を動かしてみるのも良い刺激になります。

また、午後からは、知人が出演する長唄のおさらい会に行ってみました。
これはプロの演奏会ではなく、普通の方(名取さんもいらっしゃいますが)が、日ごろのお稽古の成果を発表する会のようでした。


出演者はベテランの年配者が多いようでしたが、その中に20代の若い女性がいました。
そして「鞍馬山」という難しい曲を弾いていました。とてもダイナミックでパワフルな演奏でした。
後で聞いてみると、この方はまだ習い始めて2年ほどなのだそうです。
若いということは素晴らしいと思いました。


他の方の演奏も参考になりました。
私もしっかりとお稽古しようと思ったのでした。


いろいろな刺激を受けるのは、自分の未熟さを知ることになって、辛いこともありますが、面白いものです。

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この日の装い。

演奏会でしたので、真面目な着物にしました。


写真ではよく見えないかもしれませんが、「しけ引き」という手描きの小紋です。
「しけ引き」というのは、友禅の技法の中でも大変に希少な技術だそうです。
長い反物を板にはり、刷毛で染めていくのですが、12~113メートルある反物に、手でまっすぐに線を引いていくのでとても難しく、大変な職人技の作品だそうです。
ということで、安物着物愛好家の私にしては、珍しくかなり高額な着物でした。

ただし、この着物を仕立てたときは、まだ自分の寸法がちゃんと分かっていなくて、言われるがままに仕立ててもらったので、かなり身幅が広いのです。
お直しをしてもらうかどうか、考え中。

帯は、「銀座かわの」▼という高級品を扱うリサイクル着物屋さんで購入したものです。


2017年5月28日日曜日

「ふくの市」

昨日は、午前中はマンションの総会でした。
もう17年も経過したマンションなので、あちこち修理がとなってきました。
とはいえ、去年は玄関を自動ドアに作り替えたし、積立金がそんなに豊潤にあるわけではなく、いろいろ問題はあるのです。
といっても、新築当時から住んでいる人、賃貸で住んでいる人などさまざまで、みんなあまり関心がないのか、集まりが悪くて、寂しい感じもしました。

さて、午後はご近所の神社で開かれている「ふくの市」▼に行ってみました。


ここは娘の七五三でお世話になったり、毎月、骨董市や手作り市で楽しませていただいている神社です。

今回の「ふくの市」では、こんなお店がでていました。
リサイクルのきもの・帯・端切れ
和小物・袋物
ケーキ屋さん
焼き芋屋さん
盆栽屋さん
ワークショップ(巾着・ヘアゴム・マグネット・御朱印帳)
などなど。

私は反物の端切れを購入。
長さは2メートル半くらいあって、微妙な青鉄色なのが気に入りました。


これはなんと、100円。
帯揚げにしようと思っています。

こちらのお芋屋さんは、焼き芋ではなく、「つぼやき」でした。


大きな壷の中に七輪に炭が入っていて、さつま芋に金具を突き刺して、このように壷の周囲に吊るして、蒸し焼きにするのです。


家に持ち帰っていただきましたが、お芋はトロリととろけるようで、とてもおいしかったです!


お茶屋さんの冷たいお茶や、ケーキ屋さんのマドレーヌもいただいてしまいました。
どうもご馳走様でした。

ご近所のイベントに行くと、顔見知りの方とお会いできるのが嬉しいですね。
こちらは、去年の2月に開催された「旧道さんぽ」▼でご一緒させていただいた布のデザイナーさんです。
布でバッヂを作るワークショップをされています。


他にも、かつての和小物屋さんご夫妻、整体師さん、まちづくりプランナーさんなどともお目にかかりました。
こういう顔と顔を合わせたところから、いろいろなご縁が広がるのだと思います。

「ふくの市」は5月29日(呉服の日)まで開催中。

帰りは図書館によって、こちらの新刊書を借りてきました。


西山ガラシャさんの「日本博物館事始め」です。
上野に博物館ができたときの様子を綴ったものです。

近場で楽しく過ごすことができました。

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この日の装い。

それほど暑くもない日でしたので、単衣でちょうどよい感じでした。


かつて川崎市に「ギャラリーゆう」があったとき、「ふだんきもの杏」▼で求めた、緑に黒のストライプの紬です。
こういう色はお気に入りです。

時間がなかったので、簡単に半巾帯にしました。
下北沢のフリマで500円で買ったものです。
両面が黄色と水色になっていて、カラフルで、おまけにキリンやゾウ、ラクダなどが織られている楽しい帯です。


2017年5月27日土曜日

プチ旅行・行田市へ 4

さて、川越きもの散歩▼の皆様のご案内で、行田市内を歩いてみることにしました。

この日はとても暑い日でしたので、まずは「足袋と暮らしの博物館」▼のすぐ近くにあるカフェ「日和」▼で喉を潤しました。
素敵なカフェでしたよ。


しばし涼んでから町を歩きましたが、その前に、川越きもの散歩の皆様の着物姿をちょっとご紹介しましょう。

代表のFさんの後姿。
うちわを半巾帯に挟んだところが、かっこいいですね。
行田にはもう何回も来ていらっしゃるそうで、とても頼りになる存在でした。


こちらは副代表のSさんの後姿。
お太鼓と前帯にはお人形さんが並んでいて、歩くたびに、その足がゆらゆらと揺れるのです。なんとも楽しい帯でした。


行く先々で、みなさんからこの帯には驚かれて、写真を撮られまくりでしたよ。

こちらは蔵めぐりのパンフレットです。


蔵は全部で17か所もありましたが、今回はメインのところだけにしました。

こちらは古い建物を利用したパン屋さん「翠玉堂」▼です。
手づくりのパンは昔風の棚に入っていて、ディスプレイの仕方も、とてもユニークでした。
暖簾にはここのご店主の似顔絵が描かれていました。


そして素敵なカフェ「閑居」▼に連れて行ってもらいました。

ここは、以前、行田市の初代市長・奥貫賢一氏の邸宅だったところです。
奥貫市長は、行田市の都市基盤を築き、近代化へ導いた政治家だったそうです。
そのお住まいをご家族のご厚意により借りて、地元の建築家が改装して、カフェに開業したそうです。


ちなみに「閑居」とは「閑静なすまい」という意味ですが、よく言われる「小人閑居して不善を為す」とは「世事から身を引いて、のんびりと暮らすこと」、という良い意味もあるそうですが、「小人物が暇を持て余すと、とかく悪事に走りやすい」という意味もあるようです。
暇人は、気をつけなくちゃね。

「閑居」は、室内も素敵でしたが、お庭も素敵で、ここにいるとゆったりとした気分になりました。
帰りたくなかったな。


立派な屏風が立てられていました。


おいしそうな抹茶ロールです。
私はチャイを飲んでみました。


こちらの敷地内には、「足袋蔵ギャラリー 門」がありました。
そこで、「行田市蓮の大使」でもある工芸家の木暮照子さんの人形展を拝見しました。


木暮さんの作るお人形は、お顔がとても優しくて、気分がほっと和むようなものばかりでした。
木暮さんのブログ「蓮の心」▼にも人形展のことが掲載されています。


こちらには人力車もありましたよ。


そして川越きもの散歩のみなさまとお別れして、とても満足した気分で、また秩父鉄道に乗って、家路を急いだのでした。


素敵なプチ旅行になりました。
私の好きな町歩きや、町の歴史を知ることができました。
行田市には興味がいっぱいですので、また来月、お邪魔してみようと予定しています。

行田市を案内していただいた「川越きもの散歩」の皆様、「足袋と暮らしの博物館」を案内していただいた皆様、「行田市郷土博物館」の皆様、どうもお世話になりました。
お礼申し上げます。

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この日の装い。

あまりに急に暑くなってしまい、何を着てよいのか分からない状態でしたので、大島の単衣にしました。

うたどんさんのお母様が着ていらっしゃったこの茶色の大島紬は、シャリシャリしているのでそれほど暑さは気になりませんでした。


帯はろっこやさんのレインフォレスト帯。

帰宅したら、帯は汗で湿っぽくなってしまいました。

(この項、おしまいです。)



2017年5月26日金曜日

プチ旅行・行田市へ 3

さて、行田市まで出かけたのは、訳があったのです。

それは「NPO川越きもの散歩」▼のみなさまが、「ぎょうだ足袋蔵ネットワーク」▼による「ぎょうだ蔵めぐり まちあるき」というイベントに参加されるという情報を聞き、私も便乗させてもらうことにしたからなのです。


このイベントは今回で13回目を迎えるそうで、行田市内に点在している足袋蔵の保存と、それを生かすためのイベントです。
蔵めぐりのスタンプラリーなどがあり、着物で参加すると参加費は無料なのでした。

私は、「川越きもの散歩」の代表者である藤井美登利さんがまとめられたこちらの冊子「埼玉きもの散歩」を読んでから、行田の蔵にはとても憧れていました。
それで行田まで出かけたというわけです。


川越の皆様は午前10時からの式典に参加されるということでしたが、私は「プチ旅行 2」▼に書いたように、午前中は忍城まで出かけました。

お昼は、郷土博物館の方に教えていただいて、お城の近くにある「かねつき堂」▼というお店で、行田名物の「ゼリーフライ」というものに挑戦してみました。


これは、お菓子のゼリーをフライにしたものではなく、ゼリーというのは「銭」がなまってゼリーになったそうです。つまり銭形をした、フライということですね。


中味はおからと野菜で、衣のない野菜コロッケのようなものでしたが、ソースの微妙な味がおいしかったですよ。2個で200円という安さでした。

ちなみに行田市内には、このゼリーフライや、お好み焼きのような「ふらい」を出すお店は46軒もあるのだとか。
今度はふらいを食べてみたいですね。

暑い日でしたので、おまけにはイチゴシロップ味のかき氷まで注文してしまいました。
昔ながらの味がしました。


そして川越きもの散歩の皆様とは、午後1時に「足袋と暮らしの博物館」▼というところで待ち合わせをしました。

それまで、博物館を見学してみました。
ここは大正11年に建てられた工場と蔵で、元は牧野本店という足袋屋さんだったところです。
毎週土・日曜日には、足袋屋さんを定年退職された職人さんたちが、足袋作りをされているそうです。

外には昔の足袋屋さんの幟が立っていました。


中を見学させていただきました。
古いミシンがたくさん並んでいましたが、100年以上前のミシンでもちゃんと動くのだとか。すごいですね。


足袋を作るには、包装まで入れると全部で15の工程があるそうです。


こちらは最初の工程です。布を裁断する機械です。


昔の足袋から、現代風の可愛らしい模様の足袋など、いろいろな足袋が展示されていました。
私が愛用している足袋もありましたよ。


また2階には古い資料がたくさん展示されていてました。

こちらはかつての足袋屋さんのブランドです。
行田市内には、最盛期には200社もの足袋屋さんがあったとか。
ネーミングも面白くて、お酒の銘柄を見ているようでした。


こんなに大きな別珍の足袋もありましたよ。
足を入れたら、膝ぐらいまで届きそうな足袋でした。


行田市は江戸時代から足袋作りが盛んで、かつては全国の8割の足袋を生産するところだったそうです。
そのような足袋産業の歴史や文化や技術を伝えるために、「ぎょうだ足袋蔵ネットワーク」がこの博物館を開館したそうです。
古いものをきちんと保存して活用しているのは、素晴らしいと思いました。

珍しいものを眺めているうちに、約束の時間となり、川越きもの散歩の皆様方と遭遇することができて、ご一緒に出かけることにしました。

(この項、続きます)



2017年5月25日木曜日

プチ旅行・行田市へ 2

「プチ旅行・行田市へ 1」▼の続きです。

我が家から行田市へ行くには、まず新宿まで出て、そこからJRで熊谷まで行き、そして今度は秩父鉄道というローカル線に乗り換えて行くというルートを辿ります。

ここでややこしいのは、行田駅というJRの駅と、行田市駅という秩父鉄道の駅があり、それはまるで離れたところにあるという点です。これを間違うと大変なのです。

ところで秩父鉄道では、PASMOやスイカなどの電子カードは使うことができません。
そのため、熊谷駅の切符売り場にはたくさんの人が並んでいて、みんな紙製の小さな切符を購入しなければなりませんでした。
いつまでこの制度は続くのでしょうね。
まぁ、昔懐かしくて良いのかもしれませんが、SL電車目当ての観光客が多くて、駅は大混雑でした。

さて、行田市駅に降り立ちました。
駅にはこんな看板がありました。
行田はB級グルメと、お城を売りにしているところなのですね。


そして「日本遺産」の幟も立っていました。
ちなみに日本遺産▼というのは文化庁が認定するもので、平成27年から始まりました。
現在、54件が遺産として認定されています。


行田市は、足袋の町、として平成29年4月28日に認定されたので、まだほやほやの遺産のようです。

さて、駅前に降り立った後は、まずは「のぼうの城」のモデルとなった「忍城(おしじょう)」へと歩きだしました。

マンホールにもお城の絵が描かれていました。


途中の歩道橋には、こんな文字が書かれていました。
なるほど、行田というのは歴史のある町のようでした。


この日はカンカン照りでしたが、ゆっくりと歩いて15分くらいしたところで、お城の屋根が見えてきたので、ほっとしました。

「浮き城の径」というところを歩いて行きました。
森のようになっている公園で、気持ちの良いところでした。


こちらがお城の入り口です。
なかなかよい環境のところでした。


お城の案内図です。


城址に建て直したので、とてもきれいなお城でした。


忍城は15世紀後半に建てられたそうですが、難攻不落の名城だったそうです。
その後、天正15年に、豊臣秀吉の関東平定のため、石田三成による水攻めが行われましたが、このお城はそれに耐えて、水に浮くように見えたので「浮き城」と呼ばれたそうです。


このお城は 明治6年に取り壊されて、そしてその後、昭和63年に再建されましたが、忍城御三階櫓の中には、郷土博物館が開館されました。


こちらの見学のしおりによると、行田市は古代には多くの古墳が作られたそうです。

その後、熊谷を中心として成田氏一族が台頭して、忍城を作りました。
そして先ほども書いたように、石田三成による攻撃を受けて、忍城は開城して、徳川家康の持ち城となりました。

その後、江戸時代を経て、明治6年になると、城は競売に出されて土台だけになってしまいました。


この郷土博物館には、実にいろいろな資料がきちんと保存されていました。
足袋作りの道具の展示は見事でした。

こちらは郷土博物館の入り口で、ガラス越に写した写真です。


暑いので、日傘を手放せませんでした。

(この項、続きます)