2018年5月12日土曜日

「利休とその妻たち」

このブログは、あくまで私の忘備録として書いているもので、他人様の眼を気にして書いているわけではありません。
着物に関しては、「あの時はどの着物とどの帯をしていたかしら?」を思い出すために載せているだけです。
読書に関しても、「あの本、読んだかしら?」「なんだか前にも読んだことがあるな」という私の疑問を解消するためのまとめですので、あまり他の方にはお役に立たないかもしれない、ということをお断りしておきます。

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三浦綾子さんの「利休とその妻たち 上下」、二回目を読み終わりました。


私自身は、美味しいお菓子とお茶がいただければ、それで満足してしまうような人間で、茶道の流儀や作法については詳しくありません。
それでも利休さんの人生には興味津々です。
それで利休さんのことを描いた小説は何冊か読んできました。
「利休にたずねよ」
「千家再興」
「千家奔流」
「千家分流」
「千家遺偈」など。

今回の「利休とその妻たち」はタイトル通り、主人公は利休、最初の妻のお稲、次の妻で茶道のよき相棒でもあったおりき(それ以外にも、何人も愛人関係の人はいたようですが)の3人です。


利休はご存じのとおり、堺の町の大商家の人間でした。
最初の妻は、異母兄弟に偉大な武将がいたため、夫のことを「役にも立たないお茶をする軟弱もの」と軽蔑するような目で見ていました。
精神的な面でのつながりはなかったようですが、それでも何人もの子をなしています。

そして次の妻のおりきは、元々は能楽師の妻だったのですが、利休と出会うことにより、相思相愛になります。ただし彼らが実際に結ばれたのは、出会ってから何十年も経ったのちのことでした。
その後、二人の間に子どもも生まれ、おりきは利休に寄り添って生きていきます。

利休はその後、秀吉の懐刀として活躍するようになります。

ところがおりきは、キリシタンになってしまいます。
そのことと、大徳寺の山門に利休の像が設置されたことにより、それらが原因で秀吉の怒りに触れてしまいます。

結局、利休は切腹することになりますが、その後は彼の息子たちが茶道をつなげていき、現在に至っているわけです。

著者の三浦綾子さんはご存じのとおり、キリスト教信者でしたが、この小説を書くにあたっては、かなり中立な立場で、当時のキリスト教信仰のことを冷静に描いていると感じました。

あまりに おりきのことが美しく聡明に描かれ過ぎていたのが気になりましたが、偉業を達成する人の傍には、やはり素晴らしい伴侶が必要であるということでしょうか。

利休という茶人を通して、戦国時代の人間関係や歴史が分かるのは面白いです。

実在の人物が登場する小説は、興味が尽きませんね。


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